Maple Comrade~from MapleStory~

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遺すもの・・・

こんばんは・・・

今回はちょっとシリアスな内容です。

それと、今回の記事は完全に俺の思考の話でありそれが正しいかどうかは責任もてません。

それでもおkなら進んでください。














読むの?













いいのね?・・・














さて、本日16時頃母親より電話が来ました。

母「今仕事中?電話大丈夫?」
俺「仕事中だけど平気だけどどうしたの?」
母「お米屋さんのおじいさんが死んだ・・・」
俺「そっか・・・」
母「それで明日通夜やるから来て欲しいんだけど来れる?」
俺「何時から?」
母「18時からなんだけど、大丈夫?来れる?」
俺「ん~明日現場なくなったから事情はなせばいけると思う」
母「じゃぁ・・」
俺「じゃぁ詳しくは後でこっちから電話するからそのとき話そう」
母「わかった。じゃぁまた後で」

お米屋さんのおじいさんってのは俺の名付け親です。
俺の父親は立正佼成会というところに所属していました。
このおじいさんは地区部長のような人だったらしいです。
でまぁ俺が生まれて地区部長に命名してもらう流れになったらしいです。
だからこのおじいさんは名付け親です。

ん~どこから話そうか・・・

簡潔に書くと、俺の父方の祖母が体を壊したので帰って来いみたいな理由で一度東京を離れて大分のほうに引っ越しました。
大人の事情で大分で両親は離婚しました。そして俺は母親と妹と三人で東京で再度暮らす事になりました。
世間で言う母子家庭です。勿論生活苦です。生活する金もぜんぜんありません。体一つで俺達三人は東京に帰ってきました。
そこで母親は以前東京に住んでるときからお世話になっていた「お米屋さん」に助けを求めました。
その後色々とそのお米屋さんには助けてもらったそうです。
例えば、母親が働いていて保育園にいる俺が熱が出たので迎えにいけないときに大奥さんに迎えに行ってもらったりしたそうです。
とまぁ俺の母親にしてみれば『東京の母』的な人だったのだろうと俺は思います。

時は流れ・・・

俺は結婚しました、そしてその報告をしにお米屋さんにも行きました。大奥さんは喜んでくれました。結婚式には呼べなかったのですが、そのことには触れずにいてくれて・・・ちょっと申し訳なく思います・・・

さらに時は流れ・・・

ある日お米屋さんの前を車で通ると大奥さんの通夜の告知が出ていました・・・
すぐに母親に連絡を取りその日の通夜に参加しました。

時は流れ今日・・・
上の会話の流れです。
大奥さんが俺達に手助けしてくれたのをこのおじいさん・・・つまり大旦那さんが許してくれていたから大奥さんは俺達に手助けすることができていたのです。大分に行く時俺の父親はこのお米屋さんで働いていたのですが、円満退社といった様子ではなかったのに大旦那さんが手助けを許してくれた事は色々と納得もいかなかったところもあると思うのに・・・あの頃子供だった俺にはまったくわからなかったけど、今は感謝の気持ちで言葉もありません。
明日の通夜が最後の別れです・・・














ここから先は最初の最初の注意事項了解の人のみ進んでくださいね














さて、俺はこの数時間の間、『死ぬ』という事と『生きる』というと『死んだ時に遺るもの』のことを考えてました。

ただなんとなくダラダラと生きる・・・
せかせか働いて働いて働いて生きる・・・
趣味に力を入れて生きる・・・etc

どれも大切だと思もいます。
生きている間はいろんなことをすればいいと思います。

死ぬ時どうなんだろう?
人にもしも価値があるとして、その価値を証明できる時は死んだ時なんじゃないのかな?
死んだ時、周りの人にどれだけ心に残れるか?葬式・通夜の様子・・・それが故人の価値の証明になるのかな?

人の心に刻まれる人生が価値を決めるとは一概には言えないんだろうが・・・

俺が死んだ時どうなるんだろう?(今はまだ死ぬ気はまったくありません)
どれだけの人が来るだろう?どれだけの人が俺の事を心に刻んでいるだろう?俺はあなたの中に刻み込まれてますか?

なんだか難しくてまだ整理できてないや・・・

でも思うんだきっとコレは答えが出ないだろうと・・・
そんな気がするよ。
難しいね人生って・・・

でも今これだけは言える・・・

大旦那さん、大奥さん今までありがとうございました。何の恩返しも出来ないで申し訳ありませんでした。

「親孝行をしたいと思ったときに親は無い」というような言葉を聴かされたことがあります。いまこの言葉がグサッと刺さってる感じがします。


なんだか完結してないけど考えがまとまらないので今日はここまで・・・

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コメント

自分の生き様、死んだあとのこと…
考えても答えはいつも出ないで終るものですね;
私は人よりも『生き死に』に近い場所に身を置いてきた方だと思いますが答えは出ないままです。

ただ、人生は一人一回のもの。
『永遠に生きるが如く夢を見て、明日死ぬが如く今を生きよ』
なんて言葉が私は好きですが、死んだ後のことは今は考えずに『今』を一生懸命何かに向って生きていれば、それは自ずと最後に答えとなって出るのではないでしょうか?

ま、これも私の個人的考え方ですが^^;
でも、『自分の存在理由』…気になりますよね?

こんなときなんて言ったらいいのかわかりませんが…

死を感じなきゃ生を実感できないんですよね、人間って。。
でも他人の心に残ることが喜びであっても価値じゃないような?
自分の通夜に自分はでれないですしね。少なくとも体があるうちは。

誰かの心に残れたか
って誰もが気になるけど生きてるうちはわからないから、
本人が今幸せかどうか
そのときに“生”の価値を実感できると思うので、死ぬために生きるのではなく、自分のあるいは誰かの幸せのために生きたい…です。

初かきこです。
自分も明日祖父の法事です。
祖父は僕の誕生日の前日に逝きました。この時期になると、いつも思い出します。
自分の価値は確かに、わかりませんね。目に見えるものではないですから・・・
自分の死を悲しんでくれる、心に刻まれる事はやはり、その人の価値の表れかもしれません。
でも死んだ人の事を心に刻むことができるのは、「生きている人」なんですよね。
大切な人の記憶や思い出、これを失わないように生きることも自分の「価値」なんだとおもいます。
なんかよくわからなくなっちゃいましたけど、俺はふだsの優しさとか暖かさが大好きですよ。
僕の中にはあなたが刻み込まれてます。

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Author:中の人(HN フィア他好きなキャラの名前で呼んでください)
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